東京大学大学院理学系研究科附属植物園における野生植物系統保存事業
研究のために収集されている珍しい植物
東京大学大学院理学系研究科附属植物園(通称小石川植物園)は植物学の研究教育を目的とする教育実習施設であり、栽培される植物も、この目的で収集されています。
園内で育成管理できる植物には限りがあるので、植物多様性の研究教育のために使用頻度が高いものと、入手が困難であるものを優先し、世界各地(特にアジア地域)から収集保存しています。
入手が困難である植物の多くは、自生する個体数が少ない、いわゆる珍しい植物ですから、結果的に、本植物園は多くの絶滅危惧種植物を保全しているといえます。
野生植物の生育条件はひとつひとつ異なり、栽培方法が確立していないので、維持管理には技術だけではなく経験と努力が必要です。
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ショクダイオオコンニャク(サトイモ科)
スマトラ島特産の植物で、地下に大きなイモがあり、毎年1枚づつ地上に緑色の葉を出して栄養を蓄えた後、写真のような花序を出す。
世界で一番大きな花序と言われ、開花すると悪臭を放つ。
研究温室内で栽培している。
アンボレラ(アンボレラ科)
ニューカレドニア島特産の植物で、DNA の塩基配列にもとづく系統解析の結果、原生の被子植物のうち最も最初に分かれた、いわゆる原始的な植物であることが明らかになった。
雌雄異株で花は小さく、直径3mmぐらい。
右上が雄花、右下は雌花。研究温室内で栽培し、開花時には一部を公開温室で展示。
イヌムレスズメ(マメ科)
1923年に中井猛之進によって独立属 Echinosophora の新種として発表されたが、現在は分子系統学的な研究からクララ属 Sophora に含めるのが適当だと考えられている。
朝鮮半島に固有で絶滅危惧種とされている。分類標本園で展示している。
グネツム(グネツム科)
イチョウやソテツと同じ裸子植物で熱帯に分布する。
Gnetum parvifolium は大型のつる性木本で、温室内でもよく花をつけるため、原始的な花形成遺伝子を調べる材料としてよく使われている。
雌株のみ公開温室にある。
小笠原諸島の絶滅の恐れのある固有植物の保護増殖と自生地植え戻し
東京大学植物園では明治時代初期から小笠原植物の調査研究が行われており、固有植物が収集されていました。
1980 年頃から保全に積極的に取り組み、1983 年からは、収集して植物園で保全するばかりでなく、植物園で増殖育成した子苗を自生地に植え戻すことにより、自然状態では原状を回復することのできない絶滅危惧種の集団を現地に維持し、やがてはその集団から自然状態での繁殖が復活することを目指して活動しています。
2004 年に「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」による希少種指定にもとづいた、環境省・農水省起案の保護増殖事業計画となり、両省と東京都小笠原支庁および東京大学植物園の共同事業として現在に至っています。
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オオハマギキョウ(キキョウ科)
多年生植物で数年成長した後、開花して種子を作ると枯れる。サワギキョウの仲間だが近縁種がはっきりしない。
ワダンノキ(キク科)
草本性の祖先から小笠原で木本に進化したと考えられる。安部公房の小説に学名 Dendrocacalia で登場する。
ムニンノボタン(ノボタン科)
小笠原父島に固有で、1983年の段階で東平にただ1本あった親株は枯れてしまった。
その後東海岸で別の群落が見つかったが、現在はそれも減少している。
東大植物園で増殖した株を植え戻している。
ムニンツツジ(ツツジ科)
小笠原父島に固有で、野生株はツツジ山にただ1本が残っている。
小笠原の土壌で栽培しないと、栽培が困難である。
東大植物園で種子から増殖した株を植え戻している。
コバトベラ(トベラ科)
小笠原父島に固有。
トベラの仲間はほかにハハジマトベラ、オオミトベラ、シロトベラがあり、互いに近縁であることから、比較的最近に小笠原で分化が進んだと推定される。
ウラジロコムラサキ(クマツヅラ科)
トベラの仲間と同様、ムラサキシキブの仲間も小笠原内で分化している。
最近の環境の変化により、それらの間で交雑が起こるようになったと言われており、遺伝的に純粋なものを選んで系統保存することが必要である。
アサヒエビネ(ラン科)
父島、兄島に分布する。
自然状態では果実がほとんどできないため、人工授粉により果実をつくり、その種子を無菌培養して子株を増やしている。
また、得られた種子を直接自生地に播いて自然状態での発芽を期待している。
東京大学植物園における小笠原固有植物の系統保存
小笠原固有植物の系統保存は1993 年にできた研究温室の6号室(写真上)を中心に行われており、固有といわれる140種類のうち約90種類を保存している。
ムニンノボタン(写真左下)、ムニンツツジ写真右下)については種子繁殖の技術が確立している。
増殖事業の初期には、ムニンツツジが育成途中で枯れてしまうという問題点が解決できなかったが、現在では、小笠原の土壌を使って植えるとよく育つことがわかっている。
土壌中にあるクラバリアという菌類(キノコの仲間)が共生することがツツジの成長に必要なのではないかと推定されている。
小笠原父島の遠景(上)とムニンノボタン(左下)、ムニンツツジ(右下)植栽地
小笠原諸島は海底火山の活動で隆起した大洋島であり、最初は生き物が生息していなかったと考えられる。
陸地から遠く離れているため、移住してくる生物はごくまれであったが、それが祖先となって固有種が進化したと考えられる。
しかしいったんできた種類も、生育環境が狭く厳しいために、環境のわずかな変化で生存が脅かされてしまう。
最近の温暖化と乾燥化は大きな影響を与えていると言われる。
また、人間が持ち込んだヤギの食害がひどく、野生株1株を含むムニンツツジ植栽地にはヤギ除けのネットを張っている。