コミカンソウ科とハナホソガ属の絶対送粉共生

 
 

 コミカンソウ科とハナホソガ属の共生は、2002年に奄美大島のウラジロカンコノキで発見されました。ここではこのウラジロカンコノキを例に共生の自然史を紹介します。


 ウラジロカンコノキはコミカンソウ科カンコノキ属に含まれる常緑高木で、日本では奄美大島以南の琉球列島に生育します。山地の日当たりの良い場所を好むため、林道沿いなどに比較的多く見られます。5月に一斉に花を咲かせますが、花は小さく目立たないため、遠くから見てもほとんど花が咲いているようには見えません。ウラジロカンコノキの花には雄花と雌花があり、枝の付け根側に雄花が、先端側に雌花が多くつきます。雄花は6枚の花被(花弁とがくの区別がなくなったもの)が外に向かって開いていて花らしい姿をしていますが、雌花は3本の雌しべが突き出ているだけで、とても昆虫に花粉が運ばれるような花には見えません。雄花は花の直径が5mm程度、雌花も長さが4mm程度で、いずれも非常に小さく目立たない花です。花からは花蜜がでておらず、昼間にウラジロカンコノキの花に訪れる虫はほとんどいません。

共生の自然史

満開のウラジロカンコノキ(20045月、奄美大島)

 ウラジロカンコノキの花は夜になるとさわやかな匂いを発し、花にはホソガ科ハナホソガ属の一種のガ(以下ハナホソガと略称)が訪れます。このハナホソガはウラジロカンコノキの種子食者で、雌の成虫が、実がふくらみ始めるのに先立って花の時期に産卵に訪れます。しかし花に卵を産みつけても、実際にすべての花が実になるという保証はなく、もしその花が受粉されずに落下してしまえば、ハナホソガは卵を無駄にすることになってしまいます。そこでハナホソガは、幼虫の餌となる種子が確実に作られるように、口吻を使って自ら雄花で花粉を集め、雌花へと運ぶという行動を進化させています。


 ハナホソガは雄花を訪れると口吻を雄しべにこすりつけ、何度も伸ばしたり巻き戻したりしながら口吻にたくさんの花粉をつけていきます。この行動は一つの花で1分以上も続きます。雄花で花粉を集めた雌のハナホソガを顕微鏡の下で見ると、口吻に大量の花粉をつけていることが分かります。

ウラジロカンコノキの雄花(左)と雌花(右)

 雄花で花粉を集めたハナホソガは次に雌花を訪れ、口吻につけた花粉を、突き出た3本の雌しべの中央の穴につけていきます。この時も雄花で花粉を集めるときと同じように、口吻を伸ばしたり巻き戻したりしながら、何度も雌花の先端に口吻を差し込んでいきます。受粉を終えるとすかさず腹部から伸びた産卵管を雌しべに突き刺し、卵を一つだけ産み落とします。産卵を終えたハナホソガは別の雌花を探して、再び受粉から産卵までの一連の行動を繰り返します。ハナホソガの口吻には十分な量の花粉が残っているため、産卵のたびに雄花に花粉を取りに戻るようなことはしません。

(左)ウラジロカンコノキの雄花を訪れ、口吻を伸ばすハナホソガの雌(この花の葯はまだ開いていないため、実際には花粉を集めていない)(右)口吻に大量の花粉(黄色く見える部分)をつけたハナホソガの雌

 ハナホソガの雌は能動的に花粉を運ぶという特殊な行動を進化させましたが、これにともなって形態的にも顕著な適応が見られます。ハナホソガの雌の口吻には微細な毛がたくさん生えていて、より多くの花粉を保持できるような構造になっています。同種のハナホソガの雄(花粉を運ぶのは産卵に訪れる雌だけ)の口吻を見てもこのような毛は生えていないことから、雌の口吻に見られる毛は送粉行動の進化にともなって獲得された適応形質であると考えられます。

ハナホソガは口吻に集めた花粉を雌しべにつけたあと(左)、産卵管を差し込んで卵を産みつける(右)。

 ウラジロカンコノキの受粉された花は、10月頃にふくらみはじめ、11月から12月にかけて果実が成熟します。ハナホソガの幼虫はこのふくらみつつある実の中で発達途中の胚珠を食べて育ちます。 ウラジロカンコノキの果実は直径が1cmほどで、中には6つの種子が作られます。ハナホソガの幼虫一匹が成熟するのに必要な胚珠は2つまたは3つであるため、ほとんどの果実にはいくつかの種子が残されます。


 成熟した幼虫は、果実が裂開する前には果皮に穴をあけて脱出し、地面で蛹になります。ウラジロカンコノキではハナホソガは前蛹(幼虫が蛹になる前の状態)のまま越冬し、翌春に蛹を経て再び開花が始まる時期に成虫が羽化します。

ハナホソガの口吻の顕微鏡写真。左が雌の口吻で、右が同種の雄のもの。

 このように、ハナホソガは自らウラジロカンコノキの花粉を運び、それによってできた種子を幼虫が食べて育ちます。一方のウラジロカンコノキは、ハナホソガだけに花粉を運んでもらうように、極端に特殊化した花を進化させました。ハナホソガの幼虫はウラジロカンコノキの種子を食害しますが、一部の種子が必ず残されることでこの共生が成り立っています。


 ウラジロカンコノキとハナホソガの共生は、2002年に京都大学の加藤真先生によって発見されました(Kato et al. 2003 PNAS)。その後、コミカンソウ科に含まれるさまざまな植物で送粉様式が研究され、コミカンソウ科とハナホソガ属の共生の多様性とその進化の歴史が次第に明らかになりつつあります。以降では、このうちこれまで明らかになっていることを紹介します。



コミカンソウ科植物の世界的多様性と、その送粉様式(準備中)


コミカンソウ科におけるハナホソガ属との共生の進化(準備中)



コミカンソウ科とハナホソガ属の共生は以下の文献でも詳しく紹介されています。


<一般向け図書>

(1)川北篤(2008)奇跡の共進化ーカンコノキ属における絶対送粉共生系の発見と進化史研究.種生物学会編『共進化の生態学』文一総合出版、pp. 127-150.

(2)川北篤(2011)カンコノキを送粉するハナホソガ.広渡俊哉編『絵かき虫の生物学』北隆館、pp. 192-200.


<学術論文、総説>

(1) Kato, M., A. Takimura & A. Kawakita (2003) An obligate pollination mutualism and reciprocal diversification in the tree genus Glochidion (Euphorbiaceae). Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 100: 5264-5267.

(2) Kawakita, A. (2010) Evolution of obligate pollination mutualism in the tribe Phyllantheae (Phyllanthaceae). Plant Species Biology 25: 3-19.



川北研究室のページに戻る

(左)ウラジロカンコノキの果実 (右)発達途中の果実の横断面、6つの胚珠のうち1つがハナホソガの幼虫によって食害されている。